騒音

 

以前、家のすぐ近所で工事が行われていました。

この工事は、夜中に行われます。

 

音は、上に上がってきますから、それはまるで、我が家の寝室の中で工事が行われているような感じだったのです。

これが秋分の日から春のお彼岸頃まで、およそ半年続きました。

 

眠れず、気が狂いそうになりました。

文句も言いにいきました。

それでも、仕方ないこととして扱われます。

 


その時、騒音ではなく、何を自分にうるさくしているのかみなさいと師に言われました。

 

耳を塞ぐ自分と、うるさくいう自分2人いて、この意見が一致していないしていないということ。

 

うるさいを受け容れる。

それはものすごい静かなんだということ。

 

静かさがないとうるさいがわからない。

対象物がないと自分は存在しない。

私がいるからこれがある。

 

音を意識しなかったら、何も聞こえてこない。

音を意識してもっと聞こうとすると、思考がうるさいとなる。

 

アイソレーションタンクにも入ってみました。

真っ暗ではなく、音も聞こえました。

朝護孫子寺の戒壇巡りの方が真っ暗だったなぁ〜とか、特に何もなく、気付けば、初めてなのにそこのオーナーさんとご友人の方と一緒にランチをごちそうになって帰ってきたという、人見知りの私にとっては、びっくりすることでもありました。

 

そして、とことん音を聞くことをしました。

眠れないのを覚悟して。

 

するとある周波数を嫌っているということがわかり、それは小さい頃に嫌っていた音だったこともわかりました。

その音に、自分のダメさを載せていたことを音が教えてくれました。

 

そうしたら、まったく音が気にならなくなりました。

 

外は、間違った思い込みの自分を手放して、癒す、素晴らしいエネルギーにあふれています。