夏至の今日は

今日は、夏至ですね。


今日は、どんな自分もO.Kと過ごしていきましょう。


ジャッジしてしまった自分もO.K!


ジャッジしてしまったことに反省してしまった自分もO.K!


うだうだしてる自分もO.K!


自分のために過ごせたら、その自分にO.K!


そして

目の前の人もO.K!と。


プラスもマイナスも、どんな自分も、どんな人も、今日は、それでいいよ!O.K!と過ごしてみてください。


何の問題もない体験が、時差を経てやってくると思います。

強い弱い

強い人は弱さも持っていて

弱い人は強さも持っている


本来、両方あるので当たり前。


もっと言えば強い弱いを分けずに見る視点が本当の自分。


本当の自分に戻るには、分けてあることで戻れる。


だから、強いとか弱いとかの層にいるのではなく、2つで1つと見る視点にいることが大事。

大丈夫しかないのだから

今、最悪だとしても!

もう、これ以上無理でお手上げだとしても!


その反対が必ずあって、それを通して両方を同時に見る位置に戻るためにあって、片方ずつ体験している。


このことにそっかって。

そうなんって。

受け容れる。


出来事に意味を付けず、バチが当たったとかでもなく、ダメだとかでもないのだから。


両方を同時に見る位置に戻ると、最悪は、最高で。

だから、全体から見てみて。

そのことで、本当の自分を知ることができるのだから。


大丈夫しかないのだから。

砂粒の私

宇宙から見たら。


私なんて浜辺の砂粒1個みたいな感じかも知れない。


砂粒1個みたいなものだから、自分なんていなくても何も変わらないよね。


そんな風に思う。


そんな砂粒1個だから、自分が何をしてもしなくても、いいも、わるいも何の影響も与えることもないよね。


そんな風に思う。


そして、もしこんな風にそれぞれが思ったら。


浜辺の砂粒1個がなくなっても、確かに何も変わらないかも知れないが、こんな風に、1人2人って、一粒ずつなくなったら、浜辺は成り立たない。



そんな砂粒1個だけれど、私には、全体を作っている価値がある。


あなたも同じように、全体にはなくてはならない価値がある。



私は地球に住んでいる。


砂粒1個だから、誰にも影響を与えていないし、地球にも何の影響も与えていないと思ってしまうけれど、地球に住む1人なんだ。


私が心地よく住むために、地球に感謝しながら、地球を労って過ごしたい。


それは、基本の、美味しく食べて、美しいものを見て、隣人と笑い合える日常からできること。


食べる飲む器やお箸。

マイ箸持参して、水筒持って。

砂粒1個がやっていても、地球は何も変わらないかも知れないが、隣の砂粒さん、そのまた隣の砂粒さんがそうしていたら。


この世界の物質を最小単位までにしたら、粒と波の性質になるように、極小の粒が集まれば、大きな物質になっていく。



そして、意識の面でも。

全ては、自分の現れ。

見えていない自分の無意識が、外の人や物、今日見たものが全て自分。


そういう仕組みを知ることで、外との争いがなくなる。


だから、注意深く外の自分を見て受け入れて、見せてくれた外に感謝が湧き出て、自分が安心していく世界を創ることも、砂粒1個の私にできること。


意識して過ごしていかないと、すぐ、「どーせ砂粒1個だから」ってなる。


砂粒1個の私だけど。

されど なんです。





心配は

三次元では未来がわからないから、心配ばかりしていた。

 

その心配は、過去の自分の癖なり決めつけから成り立っているから、見えない未来が、心配だらけになる。

 

いつも同じ。

いつも変わらず。

 

そこから抜けるには。

 

時間と空間のない今を掴む。

 

今を掴んで、今を感じ、今を掴んで、今を感じ。

この繰り返しで、未来の心配が消えて行く。

 

すると

もっと自分を好きになる。

もっと自分を信頼できるようになる。

 

お任せが何だかわかり、自分のポジションも我が薄らいでいく。

 

安心した自分で生きられる。