泣いたカラスがもう笑った

自分と向き合っていた時、「泣いたカラスがもう笑った」というフレーズが出てきて、この言葉に、無性に腹が立ったことを覚えています。

 

何故だろう。

 

泣いたカラスがもう笑った。

小さい頃、そういわれることが、馬鹿にされているようで嫌だった。

 

泣いたカラスがもう笑った。

大人でもいるじゃーないですか。

何かに落ち込んで、どよ〜んとしていて、皆さん私をかまって という雰囲気を人前で醸し出している人。

 

そして、どうしたの?大丈夫?

大丈夫だよ!頑張ろうとか、あの手この手で慰めていると、立ち直ってケロってする人。

大嫌いでした(笑)

 

けれど今、泣いたカラスがもう笑ったは、瞬間瞬間に生きている感じがして好きになりました。

 

いつも、人の目や人からの評価を気にして、自分を生きていなかったから、今を生きていなかったのです。

今の自分にO.Kが出せないのですから、発しているものが返ってくるこの世界では、いつもO.Kと思えることが返ってこない。

 

常に過去の反省会と未来の心配ばかりして、今を生きていなかったのです。

 

だから、いつもよくありたいと思うからこそ、人前では絶対泣かない!って決めていたし、泣くことは迷惑をかけると思っていたので、なおさら、緊張もして生きていたように感じます。

 

そう決めつけていると反対の人が外に現れます。

だから、自分はとても我慢して行っているのに、簡単に泣いて笑っている人が嫌いだったのです。

 

こうして、自分の決めつけを見て受け容れると、こだわりがなくなります。

 

それが今を掴むことにも繋がっているとは!

 

今を掴むと、感情もしっかりと出せるし、ありのままの自分でよしとなれる。

こんな楽に生きられるなんてね。

 

泣いたカラスがもう笑った。

 

こうして、私としているエゴが自由にしているのを、本質の私という視点は、そのままを見ることができました。

 

気になる言葉には、自分を楽にしてくれるお宝が隠れていました。